リン警官とミクさん達。第3楽章 - ミクさんの隣
「リン警官に踏まれ隊」のパフォーマンスは熱気を帯びて、更に舞台を盛り上げた。「リン警官に♪ 踏まれたーい♪」
「「リン警官に♪♪ 踏まれたーい♪♪」」
この掛け声さえ無ければ、手放しで褒める事が出来るのに。
「そう思いませんか。ミクさん。」
「リンちゃん LOVE♪」
私の隣に居るミクさんは、応援する時も全力だ。
私の声が耳に入らない位、力を入れて声援を送っている。
そして、曲の区切りに差し掛かり、私がミルク休憩を提案しようとしたその時に、
曲に乗せて少年声の合唱が割り込んだ。
「聞き捨てならないなー♪あー♪」
「「なー♪あー♪」」
声は建物にこだまする。
そして、こだまと共に、右側の建物から別の集団が姿を現した。
旗を先頭にして立つ、黄色い頭の少年達。
旗には大きなリボンのマーク。
そして、旗に続く、白いリボンの大海原。
少年達は、リボンを天に掲げて、歌いながら行進する。
旗に書かれた言葉は、「リン警官ファンクラブ ~ リン警官に叱られたい」
「リン警官。踏まれるだけなら、誰でも出来る♪」
「「リン警官。踏まれるだけなら、誰でも出来る♪♪」」
同じ言葉を異なる旋律で追いかける。
これは、輪唱ではなく、カノンと呼ばれる形式だ。
リン警官の本名は鏡音リン。鏡像のように旋律を展開させるその曲は、まさに彼女にぴったりだ。
「刮目(かつもく)せよ。踏まれる時の、彼女の頭♪」
「「刮目せよ。踏まれる時の、彼女の頭♪♪」」
一人一人が声の高さを微妙に変えて、遠くまで伝わる声を作り出す。
その声をコーラスで重ねて、うねる様に響かせる。
「注目は、怒った時のリボンの動き♪」
「「注目は、怒った時のリボンの動き♪♪」」
彼らの高音は、力強さと崇高(すうこう)さを併せ持ち、
彼らの固い発音は、リン警官の生真面目(きまじめ)な性格を周囲に伝える。
「そして我らのご褒美は、叱る姿のリン警官♪」
「「そして我らのご褒美は、叱る姿のリン警官♪♪」」
音で彼女を理解させ、言葉で信念を主張する。
彼らは、リン警官を音のキャンバスで表現する、芸術家の集団だ。
「この曲には、伝統と高い格式を感じますね。ミクさん。」
「最古参だから、当然よ。」
「なるほど。」
あれっ。ミクさんの話し方に違和感がある。
横を見ると、井戸端会議の常連。物知りのミクさんだ。
「今の代表は10代目。歴代、歌手の鏡音レンが代表を務(つと)めているのよ。」
彼らは、いつも隣に居る彼女に、嫌われてしまったのだろうか。
少し興味はあったけれど、今、気になるのは、入れ替わる前のミクさんの行方。
彼女は、何処に行ったのだろうか。
周りを見渡すと、先ほどまで隣で声援を送っていたミクさん発見。
彼女は机を並べて作ったテーブルで、ミルクをゆっくり飲んでいた。
ミクさん達に囲まれていても、彼女の事なら仕草で分かる。
次の声援に向けて、喉を休めているのですね。ミクさん。
「リン警官ファンクラブ」の割り込み演奏が終わると、2つの旗がゆっくりと近づき、歌い合いが始まった。
左からは、「リン警官に、踏まれたい♪」
右からは、「リン警官に、叱られたい♪」
それぞれが交互に、曲に合わせて歌い合っているのだけれど、誰かがタイミングを間違えた。
「リン警官に、踏まれたい♪」
「間違えるなー♪」
「なんだとー♪」
そして、2つの陣営の旗達は交錯し、2つの集団は1つに交じり合う。
「ぼかーん」。派手に吹き飛ぶ青マフラー。
旗の周辺一帯で、派手な喧嘩が始まった。
「リン警官に、踏まれたーい♪」
「リン警官に、叱られたーい♪」
歌いながら 2つの隊は入り乱れ、各所で 1対1の戦いが始まった。
「ドン」と太鼓を叩く音が鳴って、横に吹き飛ぶ青マフラー。
「ドドン」と、バスドラムが鳴り響き、逆に吹き飛ぶ黄色い頭。
正に乱闘だ。
私は、彼らの行動に目を見張る。
乱闘に対してではない。
ミクさん達の目の前で暴れる事が、どんなに無謀な事なのか、彼らは全然分かっていない。
どうすれば、ミクさん達が動く前に、彼らの乱闘を止める事が出来るのだろうか。
私が、過去の記憶を総動員して解決策を考えている時に、
「そのお皿1つ頂戴。」「ミルクおかわりー。」
隣のミクさん達は、呑気に食事を始めた。
ミクさん達は基本的におせっかいで、常識外れの戦闘力も持っている。
なのに今、彼女達は動かない。最悪の事態は避ける事が出来たけれど、理由はいったい何なのだ。
私は、正面をじっと観察してみる。
良く見ると、片方が殴ったふりをして、相手が自分で後ろに飛んでいた。
殴り合いの音は、腕のシンセで鳴らしているようだ。
吹き飛ばされた相手は、数秒倒れた後に、更に元気に立ち上がる。
中には、派手に落下する青年も居たけれど、下にはネットが張ってある。
これだけ派手に暴れているのに、誰も怪我をしていない。
しかも、時々喧嘩を止めて、リン警官をじっと見つめる。
なんだろう。この、1分前の悲壮感が虚(むな)しくなるような展開は。
ミクさん達が食事したくなる気持ちも、今の私には良く分かる。
私も彼女達の待つテーブルに向かい、安全そうな食べ物を選んで食べた。
ところで、初音ミクは料理下手と思われがちだけれど、それは大きな間違いだ。
この世には、料理が上手なミクさんも多数存在する。
但し、味付けが致命的に変わっている所が、玉に瑕。
もし、ミクさんの料理を食べる機会があったなら、
葱っぽい色の混じっていない食べ物を選ぶ事を、私は強くおすすめする。
私が食事を始めてから暫(しばら)く経った頃、騒ぎ声が静まった。
じっと立っていたリン警官が、高台へと移動したのだ。
喧嘩している全員が手を止めて、リン警官をじっと見つめる。
そして、辺りが一斉に静かになった瞬間、リン警官の大声が、建物に響く。
「私達は、この周囲を包囲した。争いを止めない者は、全員、逮捕する。」
建物のあちらこちらから、隠れていたリン警官が登場する。
その瞬間、天国に居るかのような歓喜の声が、彼女達を包み込んだ。
「「リン警官♪♪ リン警官♪♪」」
リン警官達が、それぞれ単身で突入する。
逃げる彼らは、幸せそうな笑顔を浮かべて走る。
逃げ遅れた数人が捕まる。
彼らは反撃もせず、素直に交番前に移動する。
移動が終わったら第2弾。
簡単に外に出る事が出来るのに、誰も包囲網の外には逃げない。
それどころか、リン警官達が突入すると、取り締まられる方の旗と人数が倍以上に膨れ上がった。
「リン警官親衛隊」
「リン警官写真部」
「リン警官のリボンFC」
他にも旗は沢山あるけれど、切りが無いので省略する。
あっ、旗が1本倒れました。ミクさん。
ミクさん達は、相変わらず、食事の最中だ。
変わった味の食べ物から順に無くなっていくので、ミクさん達の手が進まない食べ物を私が食べる。
うん。美味しい。
そして、料理を綺麗に平らげたミクさん達は、全員で今の状況を分析した。
「残り、半分くらいかなあ。」
「おなか減った。」
「もうすぐ、おやつの時間だよ。」
それを聞いたミクさん達が、一斉に立ち上がる。
「「出番だね。」」
彼女達の声が、1つになった。
そして、周りに熱い視線を注がれた議長のミクさんが、活動開始の第一声。
「もうすぐ、おやつの時間です。私達も出かけましょう♪」
「「出かけましょう♪♪」」
遂に、ミクさん達が動き出した。
しかも、議長のミクさんが先頭だ。
目標はおそらく、逃げ回っている集団の制圧だ。
一斉に狙いを定めて走り出す、青緑の実力者達。
あれだけ数の多い集団も、今の彼女達なら十数分で制圧出来る。
「おやつの時間、恐るべし」
私はそう呟いた後、テーブルの後片付けを始めた。
(続く)
**** 管理情報
o 文章作品
o 作品名 = リン警官とミクさん達。第3楽章
o 分類 = ミクさんの隣
o 作者 = to_dk
o 初出 = 2011-06-03 on Blogger
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関連ページ:
▼ミクさんの隣
▼作品紹介
▼目次
> リン警官とミクさん達。第4楽章
リン警官とミクさん達。第5楽章
+
リン警官とミクさん達。第1楽章
分身するミクさん
出荷数とミクさん達
(2011年8月20日変更。一箇所「達」が抜けていたので訂正)
(2011年6月4日変更。第一声の所を表現見直し)
(2011年6月3日変更。使用語句の微調節)