2011年1月1日土曜日

荒ぶる髪の使い方 - ミクさんの隣.

ミクさんの隣
ミクさん達は、人間の世界について勉強する為に、人間の真似事をする事がある。
今朝の井戸端会議も、そうだった。

水の出ない所に井戸を作って、机と椅子と葱を並べて話す。
人間の私から見ると、異様な光景だ。


「今日の議題は、歌う時の振り付けについて」
議長のミクさんは、真面目に語り出した。

「私達には長い髪があります。だから、髪の使い方を極めましょう。」

集まったミクさん達は、次々に意見を述べる。
「私は、空を飛ぶんだよ。」
「倒れそうになった時の、支え棒。」
「寒い時にも便利よ。布団にくるまって、食事をする時。」

確かに、極めてはいるけれど、振り付けとは全然関係がない話。
議長のミクさんは、それらを、満足顔で聞いている。

熱い議論をしているようで、世間話に終始する。
一見奇妙に見えるけれど、井戸端会議の本質を捉える辺り、ミクさん達の観察眼は素晴らしい。


私が感心していると、隣に座っていたミクさんが、こう言った。
「私、これから、スタジオで歌うの。見に来る?」
「「行くー!」」
ミクさん達の声が、一斉に響く。ミクさん達は、聴覚も優れているようだ。


お昼過ぎ、ぞろぞろと、見学に行くミクさん達。
VOCALOID向けの、スタジオがあるらしい。
「何時でも同じ歌い方が出来るように、ここで練習するんだよ。」
隣を歩いているミクさんが、私に説明してくれた。


あっさり受付を通ると、道が2つに分かれている。
「私はこっち。」
「私達は、こっち。後でね。」
観客席が用意されていて、私達は全員座る事が出来た。


後ろを見ると、スタッフらしい人達が、スタジオの端で円陣を組み、なにやら相談をしている。
「なになに。歌唱中の初音ミクをセクシーに写す。なんて無謀な。」
「だからこそ、貴重なのだよ。」
「そう、番組の為なら、命を張る。それが僕達、カメラマン。」
「頑張るぞー」「「おー!」」
「ぎりぎりを目指せー」「「おー!」」
「最後まで生き残るぞー」「「おー!」」
「後悔するなよー」「「おー!」」
彼らは、円陣を解き、これから壮絶な戦いに向かうかのような決意の目で、持ち場に着いた。
彼らは全員、青いマフラーを巻いている。そうか。複数居るのは、初音ミクだけでは無いのだ。


ミクさんの歌が始まった。
今朝の井戸端会議の成果なのか、歌っているミクさんの髪が、シャープに揺れる。

「1カメ。初音ミクに近づいて、斜め下から横に振ります。」「慎重にな。」
隣で撮影しているカメラから、無線の声が聞こえる。
カメラが徐々に被写体に近づいて、当初の目的を達成しそうに思えた矢先、

わたしは、みーどりー♪ パーン。
歌っているミクさんが、曲に合わせて、素早く振り向く。
伸びた髪はカメラを叩き、カメラのレンズは見事に割れる。

ねぎが♪ だ、い、すーき♪
「1カメ。失敗しました。」
隣に座っているミクさんを見ると、「当然。」という表情で聴いている。
初音ミクって、歌手ですよね。ミクさん。

一束食べても♪
二束食べても♪
私が驚きながらステージを見ていると、「2カメ、隠れながら移動します。」

みんな食べても、収まらないの♪
ステージの横からダンボール箱が登場。素早く後方に回り込む。

そ、れ、は♪
歌っているミクさんの、髪の揺れが大きくなって、

ねぎ、ねぎねぎ♪ 私を誘う♪ しゃー、パーン。
隠れていたダンボール箱ごと、吹き飛ばされる。

ねぎねぎねぎ♪ 緑の野菜♪
「2カメ。やられました。」
「3カメ、4カメ、同時に進め。」
なんという人達だ。でも、観客のミクさん達は、誰も止めない。
私が憤慨(ふんがい)して、彼らを止める為に立ち上がろうとした瞬間、

ねぎねぎねぎ♪ 私を惑わす♪ しゃー、しゃー、パパーン。
2枚の青いマフラーが宙を舞う。
歌っているミクさんの髪は、何事も無かったかのように、歌に合わせて揺れている。

ねぎねぎねぎ♪ 緑の悪魔♪
「後のカメラの指揮は君に任せる。」
「了解しました。御武運をお祈りします。」
後ろを振り向くと、いつの間にか大砲が設置されていて、青い人影が乗り込もうとしている。

ねぎー♪

ねーぎねぎねぎ♪ ピリリと効いて♪
ねーぎねぎねぎ♪ ピリリと沁(し)みて♪
私の大好き♪ 緑のあーくーまーーーー♪ ボン!バーン!メキ!
何かが、凄い勢いで通り過ぎたと思ったら、
歌っているミクさんの手前で、あらぬ方向に吹き飛んだ。

私は悪魔じゃ♪ 無いんだからね♪
最後のポーズを決めたミクさんは、爽やかに微笑んでいた。


歌い終わった周りには、5台のカメラと青いマフラーが散乱していた。
隣に座っているミクさんに聞くと、このような事は良く起きる、との事だった。

初音ミクは、不埒な輩を撃退する為の髪を持ち、
鏡音リンは、彼らを蹴飛ばす為の足を持ち、
巡音ルカは、その気を起こさせないように、長いスカートで防御する。

それらは全て、彼女達の存在意義である、歌うという行為を完遂する為にある。

ここまで思考を進めて、私は、今朝の井戸端会議で、議長のミクさんが微笑んでいた理由を理解した。
今朝の彼女達は、髪を自在に動かす為の訓練方法について、情報交換をしていたのだった。


**** メモ
o ミクさんの髪は、荒ぶる為だけにあるのではありません。
    + 詳しくは、「初音ミク - 黄金比と初音ミク。ミク立ちの美しさ


**** 管理情報
o 文章作品
o 作品名 = 荒ぶる髪の使い方
o 分類 = ミクさんの隣
o 作者 = to_dk
o 初出 = 2011-01-01 on Blogger
o 訂正 = (同日)


==
関連ページ:
    ▼ミクさんの隣
    ▼作品紹介
    ▼目次
    > 目標を立てるミクさん
    エプロンを付けたミクさん
    起こしに来るミクさん
(2011年1月1日訂正。行間と語尾の表現)